2009年11月11日 インタビュー:大橋恵美 (INAX文化推進部)
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大橋 |
桝本さんは、陶芸は大学に入られてから始めたのですか。
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桝本 |
陶芸はそうですが、きっかけになったのは小学校3年生からお茶を習っていて、そこでやきものに触れたのが始まりです。親が趣味で通っていたのについて行って、まずお道具が面白いなと思ったんです。
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大橋 |
それはお道具の由縁ですか、それともお茶碗が良かったのでしょうか。
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桝本 |
ひとつのテーマがあって組み合わせるという茶道具の取り合わせも面白かったです。でも、やきものが単純に素材として良かった。触った感じとか、元々は柔らかいのに固く焼き締まるという点に「つくりたい」という欲求が湧きました。
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大橋 |
粘土に繋げて考えた。
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桝本 |
そうですね、それはお茶の先生が陶芸もやっていて、先生のつくったものをお道具として使ったりしていたからだと思います。それで大学進学の時に、やるんだったら陶芸をやりたいと思いました。絵を描くのも好きなのですが、つくるとなったら平面ではなくてリアルな立体をやりたかったんです。
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大橋 |
私達が初めて拝見したのは2007年「白鷺」でしたが、この頃に初めてこうした作品をつくられたんですか。
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桝本 |
この前に壺の中にモチーフがあるようなものをつくって、その時に行けるなと思ったんです。でも最初はどうやってつくるのかわからなかった。
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大橋 |
日本的なモチーフが多いようですが。
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桝本 |
最初はショベルカーとか飛行機をつくっていたんです。それはなぜかと言うと壷の丸くて有機的なフォルムに、人工的な直線を合わせるとコントラストが出来ると思ったんです。それから入って次に考え出したのが、やきものと人との関係性です。
どんな人もやきものを前にして、アートみたいにわからんとは絶対にならない。美術となると親しみがないけれど、工芸とか陶器はなんかちょっと知っていると思って見る。誰にでも見てもらえる素材であると思ったんです。私は、美術に興味がない人でもとっかかりのあるやきものの枠組みの中で、やきものとしての存在自体をつくっています。工芸とか、美術といった枠組みを壊したいと思っています。
それから制作を始めながら色々なものを見た中で、装飾が過剰になっている器を見たことも大きかったです。千家十職の大西家の鶴がついている釜を見て「釜でなくても鶴で良いのに」と思ったり。もちろん宮川香山の装飾もすごい。装飾と器のかたちが一体化していて、どっちがやりたいのかわからない。そういうのを見て、違和感を感じて、自分でもそういうものを考えてみたいと思ったんです。
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大橋 |
桝本さんの作品を見た皆さんの反応はどうですか。
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桝本 |
皆ぎょっとなっていました。思った通りに感じてくれたと思います。
ショベルカーは、対比そのものが頭にあったので、よりわかりやすいものをと思って、私の中で伝統的なものとは反対に思うものを持ってきたんです。お茶の先生が持っていた茶杓の中に、先がシャベルになっているものがあったので、それが頭に残っていたのかもしれません。
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大橋 |
本当に影響を受けていることが感じられますね。
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桝本 |
そうですね、小さい時からやっているので染み付いていて、逆に洋風なものがつくれないんです。始めた時には色々な要素があったんですけど、ショベルカーをやったら、敢えてこれを持って来たという風になってしまったので、壺とモチーフのどちらが主題なのかと考えたんです。それで古典的な壷のモチーフを使った方が逆に伝わるかなと思って、そういうものを持ってくるようになったんです。
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大橋 |
2008年ミッドタウンアワードアートコンペの頃になると、皆を驚かせるアイディア勝負みたいな部分が大きくなってきていませんか。
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桝本 |
最初のテーマを忘れないようにしてはいるのですが、成立させるためには技術が大きい。技術ができていないので、それを練習し続けていているという感じです。あまり懲り過ぎないようにはしているんですけど。
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大橋 |
古典的なものに同時代性のあるモチーフを組み合わせる。何か自分で物語はつくっていますか。
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桝本 |
器とモチーフが1:1の関係になるように考えています。でもやっぱりそういう物語風なものに感じられるかもしれません。
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大橋 |
2009年東京ワンダーウォールでは、壷の上に山脈が乗っかっているような、それまでの細密なものを凝視させるのとは少し違うイメージを感じました。
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桝本 |
あれは、壷の絵柄で山並みがよく出てきますが、それが、立体的に山脈が大きくリアルになって出てきたイメージです。壷の絵柄の風景ではなくて、風景対壷なんです。釉薬がいわゆる伝統的な日本風とは違ったんですが、壷のかたち自体は日本風で、いつもやっていることと同じです。確かにあれは反応があまり、和風じゃないねって。「見慣れたもの」であれば、絶対に和風である必要はないのですが。
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大橋 |
逆に和風を狙っていないのであれば、他の要素も持ち込めますね。
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桝本 |
今のところ洋風にはあまり興味がわかないんです。見に行っても日本のものがいいと感じますね。日本文化が一番格好いいと思います。
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大橋 |
面白グッズとかは好きですか。
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桝本 |
そういうものも好きですけど、やはり日本の装飾が好きです。
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大橋 |
装飾で言えば、真葛焼もありますが、輸出用陶器の装飾も全然違いましたよね。
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桝本 |
でもそれが評価を得て日本に帰ってくると、持て囃されて普通の家庭でも飾られたりしましたよね。子供の頃、床の間に置いてある壷を見て、花を入れるのならわかるけど、ただの壷なのに何なのかと思いました。何に使うの、邪魔じゃないのと。そういうものを大人が、感心して見ているのが不思議でした。お茶碗でも、茶人が見立てると名物になりますが、家で使っているお茶碗を見立てて、うまいこといったら、桐箱に収まるんだと言う考え方が面白かったんだと、今思うとそうじゃなかったのかと思います。確信はないですけど。
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大橋 |
次々とつくりたいものが出てきているようです。
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桝本 |
今は技術を磨きたいというのが先ですね。テーマを素直に見てもらえるように。
ディティールはあまりその細かさとかに目を奪われないように、と思っているのですが、つくりが甘いとまたそれも気になるので、自分でもはっきり線引きできていません。
ただ、型を使ったりして、かっちりつくってしまうのはちょっと違うので、装飾的に単純化、デフォルメをするのがしっくり来ると思っています。やきものの、角がとれたようなやわらかな質感が好きなので。ほっと気が抜けるような質感です。
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/インタビュー終了//>