INAXライブミュージアム 窯のある広場・資料館

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テラコッタ−建築装飾陶器−

テラコッタを展示する「建築陶器のはじまり・資料館」とテラコッタパークを現在建設中です。オープン予定 2012年4月末。

建築家ヴォーリーズがアメリカから輸入して建てた大同生命肥後橋ビル(大阪市)のテラコッタ

建築家ヴォーリーズが
アメリカから輸入して建てた
大同生命肥後橋ビル(大阪市)のテラコッタ

「テラコッタ terra-cotta」の語源はラテン語のテラ(大地・土)とコッタ(焼いた)で、「焼いた土」という意味です。一般的にはギリシャのタナグラ人形や中国の俑(よう)、日本の埴輪、素焼の彫像や陶板を指します。「窯のある広場・資料館」では、大正から昭和10年代まで、主としてビルの外壁を飾った建築用装飾陶器「テラコッタ」を展示しています。

1875年〜1930年のアメリカで、大型建築の被覆や装飾にテラコッタが本格的に使われました。シカゴの大火(1875年)がきっかけで高層の鉄骨建築が盛んになり、この鉄骨を覆って火災の熱から守るために、施釉されたテラコッタが使われました。テラコッタはタイルと違い、大型で重量があり、唐草模様やアカンサスの葉、動物、幾何学模様などを表した、凹凸の大きな建材です。

日本では、1902年(明治35年)に米国式鉄骨建築の三井本館(東京)で、岡山の備前陶器が製作したせっ器質のテラコッタが使われているのが最も古いようです。その後1909年(明治42年)に、赤坂離宮、神宮徴古館、京都図書館にテラコッタが使われています。京都図書館のテラコッタは、常滑の久田吉之助が建築家武田五一の指導で制作したものです。テラコッタはフランスやドイツでも製作されていましたが、これらはせっ器質の非常に固いやきもので、前出の赤坂離宮のテラコッタはドイツからの輸入品が使われています。備前陶器はドイツ風に硬質なテラコッタをつくりましたが、その後1936、7年(大正11、12年)頃には、国内の窯業メーカー(伊奈製陶も含む)が参入し、陶器質の原料による、肉厚なテラコッタの製作を開始しました。ちょうど関東大震災で、れんが造の建物から鉄筋コンクリートに切り替わっていく時代で、アメリカとは事情が異なりコンクリート面を被覆することと、建物外壁を装飾するという二つの目的で、大学や病院、金融関係、官公庁などの大型建築に国産の装飾性豊かなテラコッタが張られ、重厚さと華やかさを演出しました。多くの場合、壁面には当時流行したスクラッチタイル等の無釉の外装タイルが張られ、窓周り、柱、軒先などに装飾性豊かなテラコッタを張って、建物の全体の装飾性を高めました。一方、本場アメリカからの輸入品も、郵船ビルや大阪松竹座、ヴォーリーズ設計の大同生命肥後橋ビル等で使われています。アメリカでは需要が多かったためか、標準品として在庫を持って対応していたようで、日本が現場単位の特注だったことと対照的です。

大手タイル問屋の小川タイルが東京の自社ビルに使った重厚な伊奈製陶制テラコッタ

大手タイル問屋の小川タイルが
東京の自社ビルに使った
重厚な伊奈製陶製テラコッタ

テラコッタの製作は、石膏型による型押し成形のため、最初に石膏型をつくる元となる原型をつくります。彫刻に素養のある人たちが、図面の情報をもとに粘土で立体の原型をつくります。収縮を伴うため、その収縮を見越した寸法に仕上げること、脱型がスムーズにできる形状づくりも重要です。原料は、寸法精度を高めるために、収縮ができるだけ小さくなるよう、高耐火度の粘土に、高火度焼成したやきものの粉砕物を混練したものを使います。大型のテラコッタは、あらかじめいくつかのパーツに分けて製作し、建築現場で結合させます。モルタルで施工するだけでは落下の恐れがあるため、建物本体に番線や鉄筋で確実に結びつけるなど、しっかりした施工が必要でした。

このように、20世紀前半に建てられたテラコッタを使った建物は、昨今社会的使命を終えて、アルミサッシやガラスを多用した近代的な建築様式に建替えられています。当資料館では、役目を終えたテラコッタを建物から切り出して展示公開しています。現在は新しい感覚でモダンなテラコッタが少しずつ使われ始めています。材質も製法も進化し、低収縮で高強度のテラコッタの製造が可能になっています。

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